凛子的簡歴(凛子の履歴書) 【66】 〜大学卒業記念 冬の中国自由旅行〜

2種類あった中国の通貨


広州では、ちょっとしたハプニングがあった。驚き


当時、中国のお金には2種類あった。一つは、中国の人たちが通常使用する人民元。もう一つは、外国人などの特定の人達しか持つことができなかった外貨兌換券。日本円を中国のお金に交換すると、外貨兌換券がもらえた。外貨兌換券では、一般の中国の人達が買うことができないような品物を買うことができたのだ。おそらくそれは外国製テレビであったりと、ちょっとした高級品というものだったと記憶している。テレビ


ちょっと特別な外貨兌換券なので、中国の人でこの外貨兌換券を欲しいと思う人は少なくいた。北京では人民元と交換してくれないか、と言ってくる人の話をいくつか聞いたことがある。


私は事情があまり分からない若造だったので、こういうことにはあまり触れないようにしていたのだが、急遽どうしても手元に人民元が必要となったのだ。


広州駅から少しだけ離れたところに商店街が立ち並んでいた。ここなら、外貨兌換券を人民元に交換することはすぐできるだろうと思った。


お店の店主の男性に早速聞いてみると、外貨兌換券を見て不思議そうな顔をしている。お金そうかと思ったら、こんなもの知らん。金じゃない。と言い出す。彼の顔をまじまじと見たが、彼は本当にこの外貨兌換券の存在を知らないようだった。こんなおもちゃで俺をだまそうというのか、くらいな勢いになってきそうだったので、すぐにその場を離れた。私はとても驚いた。北京では、すぐに交渉成立しそうなものを、交渉を拒否されるとかいうのではなく、知らないということで交渉にすら辿りつけず幕が引かれたのである。


このとき分かったのは、中国にあった2種類のお金の存在について、知らない人もいるんだということ。それだけ、外貨兌換券というのは特別なものなわけで、私は特別な権利を持っているということ。したがって、むやみやたらに提示したり、(当時私はむやみやたらでなかった、ただ無知だっただけ。)自らの特権をおおっぴらにしてはいけないのだということだった。


この外貨兌換券、1995年に廃止となり、お役目が終了した。お金お金
あのときに、どのように人民元を工面したのかは忘れたが、そのおかげで外貨兌換券は交換されずに私の手元に残ったのだろうか。私の当時のアルバムの中にそのままのものが残っているのだった。



〜〜〜続く〜〜〜
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