凛子的簡歴(凛子の履歴書) 【62】 〜大学卒業記念 冬の中国自由旅行〜

中国入境ビザを取得するまでの間、香港を気ままに歩いた。ガイドブックに載っているような普通の観光地にはいくつか足を運んだ。香港にまだ啓徳(カイタック)空港があったので、途中何回か飛行機が香港の上空をすれすれで飛んでいるのを見た記憶がある。


 取り壊されていまは存在しない九龍城と呼ばれていた「東洋の魔窟」に行ってみたいと思ったが、鈍感で当時は全くの怖いもの知らずの私でも流石に無謀と気づき、実際に足を運ぶことはしなかった。取り壊されると知っていれば、もしかしたら、行っていたかもしれない。


 九龍城に行かないかわりにどこか香港ならではのところをと探すみると、、、あった、あった。「重慶マンション」!!無法地帯といわれた九龍城とは規模も状況も異なるが、この雑居ビルもなかなか面白そう。とにかく香港の独特な雰囲気がぎっしりつまったところ。私が女神と崇めるFei Wong(中国の有名な女性歌手)が出演する香港映画『恋する惑星』の舞台にもなった。絶対行きたい!


 マンションの入り口にはいくつかの両替屋が店を構え、店員がこちらをジロリと見ている。それを横目に通り過ぎ2階、3階へと上がる。うわぁ、怪しい〜。突撃レポーターさながら、まさに謎の雑居ビルに突入といった様子。あきらかに別の国から来ていると分かる、目のギョロギョロとした人達がうろうろしている。彼らは何を待っているのか、何をしているのかよく分からない。こういう感じが当時私がイメージする香港のもう一面だった。


 勇気を振り絞って、さらに上階にあるインド人が経営するカレー屋でカレーを食べてみた。雑居ビルの中にちょっとした小料理屋もある。屋台にあるようなテーブルとピンク色の腰掛が雑多に並ぶ。初めて味わう本場(?)の味。日本のカレーと全然違う。いいな、こういう異文化体験。ていう雰囲気では実はなく、できれば早く食べ終わって此処を立ち去りたかった。周りにはこういうへんてこな外国人女性などいないし、相変わらず強面の人が数人うろうろしているのだ。やっぱり重慶マンション、怖かった。御馳走さま〜をして、早々にビルを離れた。


 そういえば、伝説の香港安宿では、旅人からいろいろと怖い噂話を聞かされていた。香港では、デパートが危ない。洋服を買うつもりで試着室で試着をしていると壁が急に開いてそのままさらわれてしまい、挙句の果てには遠いところに売られてしまうのだ。とか。中国での怖い話もあった。影のルートで行われる人身売買の話は一人旅中で私の行動をいましめる指針になった。


 そうだ、母親に誓ったんだ、無事に日本に帰ってくると。しっかり旅をしなければ。


*数年後に、沢木耕太郎氏の『深夜特急』(テレビドラマ版)でおそらく重慶マンションの中の映像らしきものを見ることができ、非常に興奮したのを覚えている。


〜〜続く〜〜

凛子的簡歴(凛子の履歴書) 【61】 〜大学卒業記念 冬の中国自由旅行〜


伝説の安宿で出会った人の中に、一人の男性写真家さんがいた。カメラこれから雲南省に行き、お祭りを撮影するのだと。撮影の旅ではいつもこの安宿を利用するらしく、その写真家さんの写真集が置いてあった。カメラ見ると、独特の色合いを醸し出す雲南の民族衣装を着た人々の姿があった。素敵な作品だ。

 当時雲南省の奥地は外国人に開放されている地域が少なかっただろうと思う。この写真家さんはこれから一人で雲南省の山奥に行って、何日も何日もそこでシャッターチャンスを待っているのか。なんとも途方もないことをしているなぁ。

 特に変な意味はなく、この人に付いていったら、通常なかなか行くことができないところへ行くことができ、さぞ面白い旅になるかもしれないと一瞬だけ思った。しかし、やっぱり私にはそんな途方もないことはできないと悟り、断念した。

 日本に戻ってから、本屋にこの写真家さんの写真集がいくつか並んで置いてあるのを見た。本当時写真家さんの作品には雲南省のものが多かった。後に、中国以外のアジアの各地を巡り、さらにいくつもの写真集を出版したようだった。


〜〜続く〜〜

凛子的簡歴(凛子の履歴書) 【60】 〜大学卒業記念 冬の中国自由旅行〜

 

 誕生日はクリスマスの一週間前。天気は晴。日本は師走で年末気分。お正月母から買ってもらったモコモコの黒いジャケット(「凛子的簡歴(凛子の履歴書) 【57】」にて記述) を着た私は香港へ向かった。前回はとなりに友人がいたが、今回は一人。しかも、寒い冬。これからやりたいことをやりに行くのだから、心ウキウキかというと夏のときとは少し違って、心に薄雲がかかったような出発だった。雲


 ところが香港に着くと、私に纏わりついていた薄雲はすっかり晴れた。晴れ気候が暖かいし、何と言っても1年前の香港にすっかり魅了されてしまった私はまたここに身を置くことができる嬉しさでたまらなかった。


 宿は日本人が経営する上海街にあるドミトリーの安宿に決定!一泊千円ちょっと。ここでは、中国入境ビザの取得手続きをサポートしてくれるので、ビザ取得までは、ここを拠点に香港を回ることができる。この安宿、当時からバックパッカーが集う伝説の安宿として有名だった。中に入ると、中国の大学の学生寮で使用されているような二段ベッドがところ狭しと置かれている。数年前のガイドブックを見ると、全18ベッドあるらしい。一応、女性エリアと男性エリアに分かれていた。男女


 夜は、カーテンのようなもので仕切られていたエリアも昼間は仕切りを取っ払い、男女分けへだてなく、交流ができるようになる。この間いろいろな人に出会った。その多くは日本人。中国に旅に出るという人が多かったため、もっぱらの話題はこれからの旅のこと。知らないもの同士でもすぐに仲良くなった。男女


〜〜続く〜〜